ウォーキングだけで筋肉はつくのか?トレーナーの視点から徹底解説
「健康のために、まずはウォーキングから始めよう」
多くの人が一度はそう考えたことがあるのではないでしょうか。手軽で、いつでもどこでも始められるウォーキングは、最も人気の高い運動の一つです。ダイエットや生活習慣病予防、ストレス解消など、その効果は多岐にわたります。
しかし、同時にこんな疑問を抱く人も少なくありません。
「ウォーキングだけで、本当に筋肉はつくのだろうか?」
引き締まった体を目指したい、将来のために筋力を維持したい、と考える人にとって、これは非常に重要な問題です。
結論から言うと、答えは「限定的な条件下ではイエス、しかし大きな筋肥大は期待できない」となります。
このコラムでは、ウォーキングと筋肉の関係を科学的な視点から深掘りし、どのような人であれば筋肉がつくのか、そして、より効果的に筋力を向上させるためのウォーキングの工夫について、詳しく解説していきます。

ウォーキングで使われる主要な筋肉
まず、ウォーキングがどの筋肉を使う運動なのかを理解しましょう。意識して歩くことで、私たちは想像以上に多くの筋肉を動員しています。
●大臀筋(お尻の筋肉): 地面を後ろに蹴り出す際に使われ、ヒップアップに欠かせません。
●大腿四頭筋(太ももの前の筋肉): 膝を伸ばし、前方へ脚を振り出す動きを支えます。階段や坂道を上る際にも使われます。
●ハムストリングス(太ももの裏の筋肉): 振り出した脚が地面に着地する際に、膝が伸びすぎないようにブレーキをかける役割を担います。
●下腿三頭筋(ふくらはぎの筋肉): つま先で地面を蹴り出す推進力を生み出します。第二の心臓とも呼ばれ、血流促進にも重要な役割を果たします。
●前脛骨筋(すねの筋肉): つま先を持ち上げ、着地時の衝撃を吸収します。ここが弱いと、つまずきの原因にもなります。
●体幹の筋肉(腹筋群・背筋群): 正しい姿勢を維持し、上半身のブレを防ぐために常に働いています。腕を振る動きと連動し、効率的な歩行をサポートします。
このように、ウォーキングは特に下半身と体幹の筋肉を複合的に使う、非常に優れた全身運動です。
なぜ「限定的」にしか筋肉がつかないのか?
では、なぜウォーキングだけでは大きな筋力アップが望めないのでしょうか。その答えは、筋肉が発達する「メカニズム」にあります。
筋肉が成長(筋肥大)するためには「過負荷の原則(オーバーロードの原則)」を満たす必要があります。これは、筋肉が「今までの負荷では楽すぎる」と感じるような、日常生活以上の強い刺激を与え、意図的に筋線維を微細に損傷させることを意味します。その後、適切な栄養摂取と休養によって、筋線維は以前よりも少し太く、強くなって修復されます。これを「超回復」と呼びます。
このサイクルを繰り返すことで、筋肉は段階的に成長していくのです。
ウォーキングは、長時間続けられる比較的強度の低い「有酸素運動」に分類されます。そのため、私たちの体はすぐにウォーキングの負荷に慣れてしまいます。体が慣れてしまうと、それはもはや「過負荷」ではなくなり、筋肥大の刺激とはなりません。これが、ウォーキングだけでムキムキになるのが難しい理由です。
ウォーキングで筋肉がつく「限定的な条件」とは?
しかし、冒頭で述べたように、特定の条件下ではウォーキングでも十分に筋肉をつけることが可能です。それは、以下のような人々です。
<運動習慣が全くなかった人>
これまでほとんど運動をしてこなかった人にとって、30分以上のウォーキングは日常生活をはるかに超える「過負荷」となります。そのため、運動を始めた初期段階では、目に見えて筋力が向上し、歩行が楽になったり、階段の上り下りがスムーズになったりといった効果を実感できるでしょう。
<高齢者や筋力が低下している人>
加齢に伴い、何もしなければ筋肉は年に1%ずつ減少していくと言われています。特に下半身の筋肉の衰えは、転倒リスクを高め、要介護状態につながる「サルコペニア」や「フレイル」の原因となります。このような方々にとって、ウォーキングは筋力低下を防ぎ、現状を維持・改善するための非常に有効なトレーニングとなり得ます。
<病気や怪我からのリハビリテーション期にある人>
長期間の安静によって低下した筋力を、安全に取り戻していく過程において、ウォーキングは最適な運動の一つです。体に大きな負担をかけることなく、全身の筋肉を刺激し、心肺機能と共に回復を促します。
これらのケースでは、ウォーキングが「過負荷」として機能するため、筋力アップの効果が期待できると言えます。

まとめ
ウォーキングだけで筋肉がつくか、という問いへの答えは、あなたの現在の体力レベルと、運動の目的によって変わります。
運動初心者や高齢者の方にとっては、ウォーキングは筋力向上に十分効果的です。すでにある程度の運動習慣がある方にとっては、現状維持以上の効果は薄いかもしれません。しかし、速度や歩くコース、フォームを工夫することで、その効果は変わってきます。
そして、本格的な筋力アップを目指すなら、筋トレとの組み合わせが最も効果的だと言えます。
ウォーキングは、ただ歩くだけの単調な運動ではありません。目的意識を持つことで、それはあなたの体を確実に変える可能性を秘めた、トレーニングへと進化します。
(文/辻)